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 日々(Each Day)

 

 

目を覚ますと何かが違う

籠の九官鳥はもう英語を話そうとしない

蟻の行列はシロップを迂回してゆく

芝生は気を変えたのか

いまや左側に傾いている

 

ラジオはオペラと化し、バナナは

イチゴにめろめろだ。

空気は、光に唆されて、食器棚から

ナイフ用引出しへと軌道修正

空からは陽の代わりに葉っぱが降り注いでくる

 

カラスたちは尾羽を白いペンキに浸し

ぽっちゃり太ったヤギはコヨーテに恋をする

愛は赤くなりすぎて、木々は葉に覆われた頭を垂れて

喀血している

 

 

イランのみどり (The Green of Iran)

 

ここからの出発はなし。

テヘランは出るのも入るのも閉鎖、

下も上も染められて。

 

なのにその空のみどりはなんというみどりだろう。

雲はこのみどりの血を垂れ流す、

川のみどり、田んぼ、

アルボルズ山脈の岩肌に

生える苔。

 

地面から産まれたこのみどりを

蟻の行列がエヴェン刑務所の壁の隙間へと

運び込んでゆく。

鳥までがみどりの糞を落とす

髭の男たちのターバンの上に。

 

みどりはこの土地のあのみどり、

ポプラ並木の公園、

暗い路地で手をつなぐ

恋人たちの手紙のインクのみどり、

その瞳のみどり、

打ち水に清められた埃のにおい。

 

みどりは窓際に置かれた

ゼラニウムの耳、裏庭に咲く

薔薇の足元、

そして池の色、そこに棲んでいる

みどりの鱗の魚と、みどりの夢の夜に向かって

歌いかける蛙たち。

 

 

 

 

                                           

                                                                                                                                 

 

'Painting of Sea' (1987) by Kodai Nakahara

'Painting of Sea' (1987) by Kodai Nakahara

Poems by Sholeh Wolpé

Translated by Yosuhiro Yotsumoto

この世界はリンボクの壁を生やす(The World Grows Blackthorn Walls)

 

高く、堅く、棘だらけだ

向こう側へ通り抜けようとすれば

凶暴な棘にやられる

 

私達、10代にして故郷から立ち去り、

国境を越えてその舌の縁の無数のぎざぎざに

切り裂かれた子供たち

私達は一体何者になったのか?

 

私達、癒えた筈の皮膚の下で繰り返し

傷の花を咲かせながら

私達は一体どこへゆくのか?

 

私は自問する

故郷とは亡霊なのだろうか?

 

亡霊は着ているのか

二十年前に買ったアンティークの箪笥の

抽斗のなかにきっちりと畳んである私の下着を?

それとも巣くっているのか いつか捨てようと思ったまま

捨てそびれていたワイヤーハンガーから吊るされた私のブラウスの中に?

亡霊は迷子になってしまったのか

私の母語ではない言語のアルファベット順に並べられた

本の行間で? それともまだここにいるのか

とうの昔に出て行った彼氏が置き残したカップの

欠けた縁の唇の上に?

 

彼等は何故私たちのことをエイリアンと呼ぶのだろう

まるで私たちが異星人であるかのように?

 

私は口に種子を含んで運ぶ この庭に

ターメリック、カルダモン、そして小ぶりの

甘く香るキュウリを植え

祖母の歌から搾り取った雨水を注ぎかける

それらは伸びてゆくだろう、私には分かっている、この

リンボクの壁を目指して それらには魔力が宿っているだろう

どんなものでも通り抜けてみせるだろう、

無傷のままで

 

私は十三才で故郷を離れた

まだ幼かったので

愛さないでいられなかった

故郷とはカスピ海であり、バザールの喧噪であり、

ケバブとご飯のいい匂いであり、金曜日の

昼食であり、山の清水のほとりのピクニックだった

ずっと離れたままになるなんて思ってもいなかった

 

だが彼らは私たちに云った

戻ってきたら、殺すと

 

亡命とはぎっしり意味のつまったスーツケースだ。私は

ノート百冊にぎっしりと書き込みをする。

書き終わったら火にくべて

また書き始める 今度は

額に文字を刺青して

今度はただ忘れずにいるためだけに

 

自己満足は伝染りやすい

風邪みたいに

私は川上まで泳いで行って紫色の卵を産み付ける

 

魂はせかしたて魂は歩み去る

でも私が絵葉書を出すのは未来に向かってだけ

移植された木とは

時間そのものを生きる物にほかならない

受け入れられることに適応しながら

 

彼等はこの土地から養分を吸い上げろと云う

けれども私の果実は螺旋に成って

古い手帳とレエスの匂いを放っている

 

もしかしたら、魂に辿り着ける先は亡命でしかあり得ないのだ

私が奈落の縁に座っている時

魂は寺院の門の前で泣き喚いている

だがそれすら幻想なのだ

.

黄色から青へ  (Yellow to Blue)

 

私のベッドにやってくる

亡霊みんなに

タバコをあげる、

 

私がついたすべての嘘の

カタログを作り、

急を要することはなにもかも

延期する、

 

飛び降りたときのために

予め泣き女を雇い、寝室の

壁紙のなかで萎れた花に

水をやる。

 

我慢したからといって

落ち着いているわけではないし、

動き回っていても

落ち着きがないわけではない。

 

青に

黄色を押し付けることはできない、

そして形容詞は

名詞との結婚生活に

もううんざり。

 

らあらあらあって喚いてみたい、

一滴のイエスを垂らした

ノーを告げたい、

水平線に重ねて

水平線を描きたい、

 

なぜなら私は知っているから

川は決して立ち止まらず

自らを海に向かって

撫ぜ続けると、

 

それにもう死んでいるものは

いくらタバコを吸ったって

殺されはしないから。

殺すことはないから。

 

 

悪寒 (The Chill)

 

ベッドの端っこ

孤独の崖っぷちで

眠りはその恩寵を留保する。

 

男の腰が女の尻に押し付けられる

男の熱い手が女の乳房を

腰の後ろのくぼみを

肩の骨の湾曲を愛撫している、

 

首の後ろにキスをして

髪の毛に顔を埋める、霧の

暗い幽霊を見てしまった男のように。

 

女は踏みつけたい

この痛みを、男に与えてやりたい

自分の喉のライオンを

自分の腰の白鳥を

自分の尻の狼たちを。

 

けれども女の膚がだめと叫ぶ、女の骨は

動かない、舌は拒んだまま。

 

男が身を引き剥がすと、冷たい空気が

悪寒を呼び、ふたりの生を

取り戻しのつかない千のかけらに

引き千切り、凍りつかせる。